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【VLOG】猫をつくりながら「やりたいこと」について考える。

動画でVLOGを見る/TUKURIUM studio

「やりたいこと」の意味を履き違えないことはとても大切。

人からの理解を得られやすかったり、賞賛が得られやすいものの中からそれを探そうとすると知らぬ間に迷宮入りしてしまう。

「やりたいこと=人に理解されるもの」というパッケージに自分を閉じ込めているうちは見つけることができない。

わたしが最もやりたいことは、時間に制限されず、興味のあるものごとにとことん「没入」すること。

創造的なこと、まなぶこと、インスピレーションを得ること…

それらへの「没入」は思考を整理し、耕し、養う。

そこからまた新たな創造的アイデアを生み出していく。

結果よりもプロセスの最中、自分の中に育っていくかたちのないものに価値を感じる。

生産性よりも、役立つことよりも、意味や価値を感じる時間を大切に生きていきたい。

創造的に没入し、思考し、気づき、イマジネーションを膨らませることこそ、わたしにとっての「やりたいこと」なのだ。

猫のクラフト素材を見つけて、つくってみたいと思った。

正確には、猫の頭を「かぶってみたい」と思ったのでつくることにした。

 

最近あたらめてコンプレックスについてよく考えている。

コンプレックスは「やりたいこと」を見えなくしてしまう大きな要因のひとつだと思う。

コンプレックスといってもアイデンティティの問題だけでなく、無意識レベルで「自分を恥ずかしい」と思っている些細なことも含まれる。

ほとんどの人は、あまりにも何気なく自分を恥じている部分がある。

姿を隠した恥の正体は、他者との比較、過去の失敗がほとんどだと思う。

見られたくない自分、いびつな自分、未熟でバカな自分、何もできない自分。

 

否定して隠しつづけるか、開きなおって傲慢に生きるかの二択になりがちな「恥」との関係性。

しかし、どちらも自分をしあわせにする選択ではない。

どちらにしても他人に軸があり、自分の軸は失われている。

自分との関係性を築くには「恥」を素材に、料理をするような発想が大事なのだと思う。

そのためには能動的思考、発想の転換、独自の工夫が求められる。

それこそが、人間のもつ創造性を引き出すことそのものなのだと思う。

大げさかもしれないが、「恥」やコンプレックスがあるからこそ人は創造しようとするのではないかとも考えられる。

「恥」を別の角度でとらえると、他者からの理解を超えた隠れたポテンシャルとも言える。

「恥」をうまく料理すると、独創性と希少価値が生まれる。

身を隠すわけでも、肩書きや評価を武装するのでもなく、創造的にコンプレックスと戯れてみる。

そうすれば、自分にしか到達できない価値が生まれるのではないかと思う。

そんなことを考えているうちに、いよいよ猫ができてきた。

後半に入って薄々気づいていたが、かぶれるサイズではなかった…

 

型紙づくりを合わせると計7時間以上。

かぶるのをあきらめて壁に飾ってみるも、マスクという形状だからか、夜になると妙な存在感を醸し出すので却下。

たった数枚の紙、数時間の手作業。

しかし完成して自分の手を離れた瞬間に、独立した空気を生み出す。

もちろんマスクに限らず、創作ってそういうものなのだと感じる。

わたしの場合、つくっている最中は自分と一体化しているが、出来上がると別の人格を持った他者のように感じることがある。

だから完成後よりも、プロセスに愛着がわく。

 

猫のマスクはこのあと、また元の単なる紙に解体した。

自然なサイクル。人生も創造と解体の繰り返し。そんなことを考えながら…

 

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